大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)39号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人四名弁護人岡林辰雄上告趣意第一点について。

工務係川田千代安が時間外勤務を強行せしめたか否かは本件では公訴事実ではなく単に被告人高橋、同山下同福井等の判示第一の傷害行為の動機乃至縁由となっているのに過ぎない。さればその事実は本件では罪となるべき事実ではなく、また、法律上犯罪の成立を阻却し又は刑を減免する事由でもないから、原審がこれについて判示をしなかったからといって、何等判断遺脱の違法があるとはいえないし、また、もとより公平でない裁判を行ったものともいえない。それ故論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決は被告人山下、同高橋、同福井の三名は判示会社の工員であったが、昭和二三年(原判決に二〇年とあるのは誤記と認める)七月三日判示会社より解雇の通知を受けた者である旨並びに被告人等は同月八日午後三時三五分判示中島政一から酒六三瓶労働組合事務所以外の場所に立入ることを禁止されたにかかわらず、その禁止内の場所である同工場内の寄宿事務所二階四畳半の室に故なく侵入し又は同室から故なく立退かなかった旨判示しているから、原判決には理由に何等の齟齬がない。そして原判決挙示の証拠である原審公判廷における被告人高橋の「七月三日会社から私達六名に対して解雇の通知があったのです」の供述、被告人山下の「七月三日に会社から以前の暴行の事が原因で解雇されるような通知が文書で来ました」の供述及び中嶋政一に対する検事の聴取書中同人の供述として原判決に摘示せる「会社では工員山下亀三郎、高橋清隆外四名に対し昭和二三年七月三日就業規則第五五条に基き正式に解雇し翌日県労働委員会で正当として認められた…」の供述記載と原判示とを対照して見ると原判示の解雇の通知並びに立入禁止とあるのはいずれも適法に行われた趣旨の判断を示したものであること明白であり、従って被告人高橋、同山下等は所論の解雇の通知を受けた日から後は会社の工員だということを理由として工場内に立入る権利を有するものではない筋合であるといわなければならない。そして労働組合法及び憲法の所論各規定は特定工場の労働組合員ではあるが、その工場の工員でなくなった労働者にもその工場内に当然に立入る権利を保障する趣旨のものとは解することを得ない。しかも右被告人両名が所論の解雇の通知を受けた後である同年七月八日中嶋工場長が右被告人等に対して工場内の労働組合事務所以外の場所に立入りを禁止した趣旨は原判決の証拠説明に摘示せる中嶋工場長の「然るに同人等は右の解雇が一方的であると主張して依然工場に入り寄宿事務所等に宿泊するので同月八日午後三時三五分…」の供述記載で明らかなとおり右被告人等が解雇された後もなお工場内寄宿事務所等に宿泊するのでこれを禁止するにあったものであるから、右中嶋工場長の立入禁止の措置をとらえて右被告人等の正当業務を妨害する犯罪行為だとか労働組合法一条憲法二八条の各規定に違反する不法の行為だとかの所論はいずれもあたらない。しかのみならず原判決が右被告人等の故なく侵入し又は退去しなかったと判示した場所は通常労働運動と必然的な関係ありとは思われない工場内の寄宿事務所の一室であるから、原審が右被告人等の判示場所に侵入した所為又は同場所から立退かなかった行為を住居侵入と認めて判示法条を適用して右被告人等を処断したからといって、原判決には所論のような理由齟齬の違法乃至所論憲法の規定違反も存しない。所論は結局原判示にそわない事実を前提として、独自の見解に基き原判決を非難するに帰し上告適法の理由とならぬ。

同第三点について。

所論に摘録する中嶋政一の供述記載の意味を所論のように被告人向田重雄が組合の書記でないという趣旨に解することはその文詞上からも、また、前後の関係からも妥当でないのみならず原判決の証拠説明で明らかなように、所論原判決冒頭の「被告人向田重雄は酒六三瓶工場の労働組合の書記である」の判示事実は同被告人の原審公判廷の判示同旨の供述を証拠として認定しているのであって、所論の中嶋政一の供述記載で認定したものではないから原判決には所論(一)のような採証の法則を誤った違法は存しない。

次に被告人向田重雄が酒六三瓶工場労働組合の書記であることは原判決の判示しているところであるが労働組合の書記はその組合員が勤務している工場又は組合員の居住している工場内の寄宿舎に常に自由に出入する権利を有するという主張はたやすく肯定できないところである。しかのみならず被告人向田重雄が侵入した場所は原判決挙示の証拠である原審公廷における同被告人の供述に照して明らかなように寄宿事務所の一室であって工員の居住すべき寄宿舎ではなく、しかも上告趣意書第二点における説明で明らかなように被告人高橋清隆は当時すでに酒六三瓶工場の工員でないのであるから組合員として勤務している工場でなかったことは勿論である。されば仮りに所論のように労働組合の書記はその組合員の勤務している工場又は組合員の居住する寄宿舎に常に自由に出入し得る権利を有するとしても被告人向田重雄が判示の場所に立入ることは同被告人が組合書記として有する所論権利の行使とはいえないから、同被告人に対する判示立入禁止は所論のように同被告人の正当業務を妨害する刑法二三三条違反の行為といえないし、また、同被告人の判示行為を住居侵入の罪に問擬したからといって原判決には所論のような違法はない。論旨(二)は理由がない。

同第四点について。

原判決は被告人等が酒六三瓶工場内の寄宿事務所の二階四畳半の室に故なく侵入し又は同室から故なく退去しなかった事実を認定判示しているのであって、所論のように工員の寄宿している室に故なく侵入し又は同室から故なく退去しなかった事実はこれを認定判示していないのである。そしてすでに上告趣意第二点において説明したところであるが所論中嶋工場長が被告人等に対して工場内組合事務所以外の所へ立入りを禁止したのは被告人高橋、同山下等が解雇された後も依然工場に立入り寄宿事務所に宿泊するし、被告人向田が同所に立入るのでこれを禁止する趣意であって、工場内の寄宿舎に居住する労働者等と被告人等が友人として又は組合員として交通するのを禁止する趣旨ではなかったのであるから、所論中嶋工場長の被告人等に対する立入禁止は所論のように工場附属の寄宿舎に居住する労働者の私生活の自由を侵したものとはいえない。されば、中嶋工場長の被告人等に対する立入り禁止をもって所論労働基準法の規定に違反すると前提して原判決に理由齟齬、判断遺脱の違法ありとする所論はその前提に誤りがあるからとるを得ない。

同第五点並びに被告人四名弁護人青柳盛雄の上告趣意第三点について。

工場長は通常その工場を管理する責任者であるから特別の事情の認められない本件においては原判決が中嶋政一の本件三瓶工場の工場長であるとの供述記載を証拠として同人を同工場の管理者と認定したからといって原判決には所論のように証拠によらないで事実を認定した違法があるとはいえない。論旨はいずれも理由がない。

被告人四名弁護人小沢茂の上告趣意第一点について。

原判決冒頭の判示「昭和二三年(原判決に二〇年とあるのは誤記と認める)七月三日会社より解雇の通知を受けたもの」とあるのは「会社から就業規則に基き適法に解雇の通知を受けたもの」であるという趣旨の判断を示したものであって、従って被告人山下、同高橋、同福井等は右解雇の通知を受けた後は、もはや、会社の工員でなくなったものといわなければならないことは、岡林弁護人の上告趣意第二点について説明したところである。そして原判決が掲げた証拠によって認められる本件会社の従業員就業規則五五条に基く解雇の通知の効力は所論の労働組合の承認の有無、労働基準法第二〇条所定の手続を経たか否か、労働関係調整法四〇条所定の労働委員会の同意の有無によって消長を来す筋合のものではなく、又本件解雇は所論労働組合法(旧法)一一条所定の解雇に当らないこと明白であるから原審が前示のごとく判断を示した以上所論の点について一々判示するところがなかったからといって原判決を目して違法であるということはできない。それ故論旨の(1)はその理由がない。

次に論旨の(2)は被告人向田重雄は酒六三瓶工場の労働組合の書記であって、労働組合の書記が労働活動をなし使用者ともろもろの交渉をする為に工場に出入することはその正当の業務であるのに原判決がこの点について判断を示さないのは違法だというのであるが原判決には所論のような判断遺脱又は理由不備の違法のないことは弁護人岡林辰雄の上告趣意第三点の(二)について説明したとおりであるから、論旨の(2)は理由がない。

更に論旨の(3)は酒六三瓶工場長中嶋政一が被告人等に対して判示日時に判示場所に立入りを禁止したことが適法であったか否かについて原判決は判示するところがないから、原判決には判断遺脱の違法があるというのであるがその理由がないことは弁護人岡林辰雄上告趣意第二点についての説明によって明らかなところである。そして論旨は中嶋工場長の判示立入り禁止の措置は労働者の争議権の否認であると主張するのであるが原判決は所論のように本件三瓶工場が労働組合の占有に帰していた事実も、また、被告人等が組合活動の為に工場内に立入ることを中嶋工場長が禁止した事実も認定していないのであるから同工場長の立入禁止の措置をとらえて労働者の争議権の否認であるとの論旨は理由がない。

同第二点について。

一定の場所に立入ることを禁止する旨通告された者がその禁止された当時すでに、その場所に立入っていた場合にはその通告はその場所から立退くことの要求をも含むものと解すべきことは多言を要しないところである。されば原判決が被告人等は判示工場長から判示以外の場所に立入ることを禁止する旨通告を受けたと判示した以上通告を受けた当時すでに判示寄宿事務所の一室に立入っていた被告人高橋に対してはその立入り場所から立退くべき旨の要求をも受けたものというべく、従って原判決には被告人高橋が判示場所から立退の要求を受けた事実の判示がないとの所論はあたらない。そして被告人高橋が判示立入禁止の通告を受ける前いつ頃から判示場所を占有していたかは本件犯罪の成立に影響を及ぼすべき事実でないからこれを判示しなかったからといって原判決には所論のような理由齟齬又は理由不備の違法は存しない。

同第三点について。

岡林弁護人の上告趣意第二点第三点で説明したとおり原判決は挙示の証拠と相俟って被告人山下、同高橋、同福井は判示会社の工員であったがすでに会社から適法に解雇された者であること並びに被告人等は適法に立入を禁止されたにかかわらず労働組合事務所以外の場所に故なく侵入し又は同所より故なく退去しなかった旨判示しているから、被告人等が判示第二の犯罪事実について争議行為としてこれを行ったものでないことは判示上自ら明らかである。されば論旨はその理由がない。

同第四点について。

原判決は所論被告人向田の本件犯罪事実を同被告人の原審公廷における判示の日時に判示の場所に立入った旨の供述とこれが補強証拠である中嶋政一に対する検事の聴取書中同人の供述記載として論旨に摘録する部分とを綜合して認定判示したものであることは判文上明らかなところであるから、原判決は所論のように被告人の自白を唯一の証拠として犯罪事実を認定してはいないのである。所論は結局独自の見解に立って原判決の事実認定を非難するにとどまり上告適法の理由とならぬ。

同第五点について。

原判決が判示第二の犯罪成立の前提として被告人山下、同高橋等が判示会社より解雇されたことを認定し、その解雇された証拠として所論摘示の中嶋政一の供述記載を証拠としたことは所論のとおりである。しかし原判決の認定した解雇とは就業規則に基く適法な解雇の趣旨と理解すべく、労働関係調整法(旧法)四〇条その他の解雇に当るものとしたものでないことは上告趣意第一点について説明したとおりであるから、中嶋政一の供述記載中に就業規則に基く正式な解雇である旨の供述記載がある以上その供述記載の外更らに「その解雇は翌四日県労働委員会で正当と認められた」旨の供述記載をも証拠として引用したからといって、原判決の右認定を不法ならしめる理由はない。それ故論旨は採用できない。

同第六点について。

上告趣意第一点第三点及び第五点の論旨がいずれもその理由のないことはすでに説明したとおりであるから、これ等の論旨がいずれも理由あることを前提とする本論旨はこれをとるをえない。

被告人四名弁護人青柳盛雄上告趣意第一点について。

原判決の事実摘示と挙示の証拠とを対照すれば原判決の認定した事実は被告人山下、同高橋はいずれも昭和二三年七月三日就業規則五五条に基き正式に会社から解雇されたものであり、被告人向田は単に判示労働組合の書記に過ぎないものであるところ、同年同月八日午後三時頃判示工場長から所轄警察署長立会の下に同日一六時以降より組合事務所以外の場所に立入ることを禁止する旨通告されたにもかかわらず故なく判示寄宿事務所二階四畳半の室に侵入し又は同室から退去しなかったというのであって、所論のように右被告人等が会社と争議中にあった事実及び右被告人等が就業せんとして作業所に立入った事業を認定判示はしていないのである。従って住居侵入罪が成立するのは多言を要しない。所論は原判示にそわない独自の事実関係を前提として犯罪の成立を否定するものであるから、とることができない。

同第二点について。

所論の理由のないことは弁護人岡林辰雄の上告趣意第三点について説明したところによって了解すべきである。

よって旧刑訴四四六条によって主文のとおり判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例